今回は私が好きな文章を紹介します。
「・・・しかも心持ちばかり焦ってつまづいているような訳です。
私のかういふ惨めな失敗はただもう今日の時代一般の巨きな病、「慢」といふものの一支流に過って身を加えたことに原因します。
僅かばかりの才能とか、器量とか、身分とか財産とかいふものが何かじぶんのからだについたものででもあるかと思ひ、じぶんの仕事を卑しみ、同輩を嘲けり、いまにどこからかじぶんをいわゆる社会の高みに引き上げに来るものがあるように思ひ、空想をのみ生活して却って完全な現在の生活ををば味ふこともせず、幾年かが空しく過ぎて漸く自分の築いていた蜃気楼の消えるのを見ては、ただもう人を怒り世間を憤り従って師友を失ひ憂悶病を得るといったような順序です。
あなたは賢いし、かういふ誤りはなさらないでせうが、しかし、何といっても時代が時代ですから充分に御戒心下さい。
風のなかを自由に歩けるとか、はっきりした声で何時間も話しができるとか、自分の兄弟のために何円かを手伝へるとかいふようなことはできないものから見れば神の業にも均しいものです。
そんなことはもう人間の当然の権利だなどといふような考では本気に観察した世界の実際と余り遠いものです。
どうか今のご生活を大切にお護り下さい。
上の空でなしに、しっかり落ちついて、一時の感情や興奮を避け、楽しめるものは楽しみ、苦しまなければならないものは苦しんで生きて行きましせう。
いろいろ生意気なことを書きました。
病苦に免じて赦してやって下さい。それでも今年は心配したようでなしに作もよくて実にお互心強いではありませんか。
また書きます。」
宮澤 賢治の書簡より